心旅八景

俺はどう生きるか?

タロットカードの意味 塔

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日本昔話タロット大アルカナ 塔

大アルカナ16番目のカード「塔」

塔は崩壊、災害を表します。

 

こんにちは!八景(@ELTON_SUN1)です。

今回は、タロットカードの大アルカナ 、についてのお話です。

 

 キーワード

正位置:破滅。崩壊。災害。慢心。

破壊。アクシデント。倒産。悲劇。不名誉。絶交。激動。激変。

 

逆位置:衝撃。圧迫。誤解。自己崩壊。

天変地異。おごり。自滅。正、逆位置ともよく似た意味。

「塔」タロットカードの意味と説明 

タロットカードの塔は、

天高くそびえる塔に落雷があり、

燃え盛る炎から逃げる為

人々が絶望的な身投げをする衝撃的なシーンが描かれています。

f:id:ELTON:20180801222618j:plainウエイト版タロット 塔

塔は精神的、霊的な拠り所ではなく、

むしろ物質的で、欲望の暗黒さ、

高さだけを追求したような塔の細さは、野心と個人的な満足が伺えます。

f:id:ELTON:20180801222710j:plainマルセイユタロット 塔

 「塔」思いつくのは「バベルの塔

現実的に不可能な天まで届く塔を人間が建築し、

神の怒りを買い雷によって崩壊。

いつの時代もある、

人間の愚かさの象徴となりました。

 

核開発、原子力発電、

そしてそれらによる痛ましい被害。

まさしく現代のバベルの塔でしょう

 

「鶴の恩返し」ってどんなお話?

昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでおりました。

お爺さんとお婆さんに子供はなく、

二人は慎ましやかな生活をしておりました。

ある日、お爺さんは薪を町に売りに行きます。

お爺さんは帰る途中、罠に掛かった一羽の鶴を見つけます。

お爺さんは可哀そうに思い、鶴を罠から外して逃がしてやりました。

 

しばらく経ったある雪の多い夜の事です。

一人の娘がお爺さんの家にやってきました。

娘は「父母と死に別れ、親戚の家に行くところ大雪に見舞われました。

どうか一晩泊めてください。」

お爺さんとお婆さんは歓迎しました。

大雪は翌日も、そのまた次の日も降り、

とても親戚の家に向かえそうもありません。

その間、娘は家の手伝いをせっせとします。

お爺さん、お婆さんは大変喜び、

「このままいっそのこと家の娘になるかな?」と冗談を口にします。

娘は「親戚と言えど、顔も知らない方々。もし良ければ娘にしてください。」と言う。

老夫婦は「良ければいつまででもいていいよ、、、。」そう言って答えた。

 

娘はその後も良く働いた。

ある日、娘は反物を織りたいので糸が欲しいと言う。

お爺さんは貧しいながらも娘の願いと薪を町で売り糸を買ってきた。

娘は買ってもらった糸を手に、

「これから反物を織ります。部屋にこもりますが絶対に部屋を覗かないでください。

そう言って、娘は三日間、不眠不休で反物を織り部屋から出てきました。

娘の織った反物は見たことのない美しさです。

「これを町で売ってきてください。」

娘が言う通りに町に売りに出ると、

家が買えるかと言う高値が付いた。

お爺さんはそのお金で最高の糸を買って帰った。

娘は糸を買っても有り余る高値で売れて喜ぶお爺さんを嬉しく思いながら、

二枚目の反物を織りに部屋にこもった。

娘の織った二枚目の反物は一枚目の出来で町中話題になっており、

より一層の高値が付いた。

お爺さん夫婦はたった二枚の反物で楽な暮らしが出来るほど裕福になった。

 娘は喜び、三枚目の反物を織ると言い、

部屋にこもった。

お婆さんはどうやってあんな素晴らしい反物を織るのか不思議で仕方がない。

見るなと言われていたが、もはや我慢が出来なかった。

 お婆さんはそっと部屋を覗きます。

すると、機織りの前には一羽の鶴がいて、

糸と糸の間に自分の羽を織り込んで反物を織っていました。

お婆さんはその姿に驚いて声を上げます。

 

鶴は気付いて、自分はお爺さんに罠から助けてもらった鶴であることを告げます。

そして、

「このまま娘として過ごしたかったが、約束を破られたので去らなくてはいけません。

三枚目の反物は私の形見。どうかお元気で。」

そう言うと、鶴は山へ向かって飛んでいきました。

突然の別れに老夫婦は茫然と空を眺めておりました。

 

「塔」と「鶴の恩返し」の共通性

塔は何を伝えたいのでしょうか?

塔は人の心のあさましさ。必要以上のむさぼり。

それらを伝えているように思います。

日本昔話タロットでは「鶴の恩返し」で表しています。

そして、このお話によく似た話は多くの文明にあります。

 

もともと、鶴の恩返しは山形に伝わる昔話として有名ですが、

新潟や佐渡島あり、中国、そして起源はインドとも言われています。

 

日本神話、

イザナギノミコト、

イザナミノミコトの話にも共通点があります。

 

全てに共通するのは見るなと言われているのに、見てしまう事」です。

 

鶴の恩返しの場合は、

あまりに高く売れるお夕(鶴が化けた娘)が織っ反物を不思議に思い、

見てはいけないと言われていた部屋を

お婆さんはとうとう覗いてしまいます。

 

ダメと言われている事を犯すのです。 

 

これらの話は人間の妬み、卑しさ、過信、慢心

様々な側面を浮き彫りにします。

 

そして、

物事がダメになるときには必ずこれらが絡んでいます。

 

ちょっとくらいいいだろう、、、

誰も見てないからいいや!

みんなやってるから、俺だって、

みんな自分のドロドロした感情に負けているのです。

 

他にも見なくて良いものは沢山あります。

 覗いてしまって気分が悪くなるもの、

知らなきゃ良かったものも沢山あります。

しかし、人はあえて見に行くのです。

 

結果、不幸になるのです。

 

私たちは不幸になる為に生きているのでしょうか?

それとも幸せになる為に生きているのでしょうか?

 

私たちが

人やモノを見る時、

良い面が目に付く時と

悪い面が目に付く時があります。

 

また、人によっては良い面ばかり見る人、

悪い面ばかり目に付き悪態つく人もいます。

 

生きていて、

どちらが幸せでしょうか?

 

悪い面が目に付くのは、

相手が悪いからでしょうか?

 

それとも

そういうところばかりに意識が行ってしまう自分のせいでしょうか?

 

少し話が回りくどいかも知れませんが、

不幸は自分から引き寄せていると言えます。

 

お爺さん夫婦は、

娘が来て、

色々助けてくれて、

反物まで織って高値で売れて、

裕福になります。

 

その娘が見ないでと言った部屋を覗いてしまいます。

 

娘がガッカリしたのは、

覗かれたからだけでなく、

覗いた卑しさもあったのでないでしょうか?

 

無意識に人の不幸や、

見なくて良いものを自分から見に行ってしまう卑しさ。

 

自分から不幸に突っ込んでいく癖。

 

鶴の恩返しは

誰かに何か危害をくわえられたわけでなく、

自分から不幸を招き入れる象徴。

 

鶴のお夕は、

見なくていいモノをワザワザ見に行かないでね、

自ら地獄を作らないでね、

と語り掛けます。

 

人やモノの悪いところはあえて見ず、

いいところに目を向けて過ごすのはいかがでしょうか?

 

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